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2007年9月25日 (火)

赤塚不二夫対談集/バカは死んでもバカなのだの巻

元旦に初湯の酒風呂で死んだことになった著者の対談集。野坂昭如・川内康範・立川談志・若松孝二・唐十郎などそうそうたる顔ぶれによる対談集なのだが当の赤塚大先生酔っぱらってヘロヘロだったり途中で寝ちゃったりとかなり異色な対談集なのです。本人曰く恥ずかしがり家で人としゃべれない、だけど人間が好きだから酒を呑んでヘロヘロになってみんなと騒ぐのだと。実際藤子不二雄A氏の話でトキワ荘で初めて会った赤塚不二夫大先生はほとんどしゃべらず隅っこで膝をかかえていたんですって。顔もえらい美少年で石ノ森章太郎氏の食事の世話を甲斐甲斐しくしてたそうなのだ。(なんと赤塚大先生が酒を呑み始めたのは30歳から)この対談、酒風呂で死んだ赤塚不二夫の弔問対談とゆう事になっていて赤塚大先生が興味のある人を呼んで話を聞こうとゆうのではなく古くからの仲間が話をしにくるとゆうことで緊張感も無くおもに思い出話なのだがこれがハチャメチャで最高なのです。やたら裸になったり喧嘩したり、寿司屋の二階の六畳に毎週30人ほど集まりバカな芸の披露し合い、そして氷を口移しでまわす。最後はグシャグシャのうどんを口移しでまわす!この宴会に赤塚大先生月に二百万円払っていたんだと。 70年代超人気漫画家だった赤塚大先生が呑んでるところに歌手とかがモノ貰いにくるそれで「ベンツくれ」とか言う。赤塚大先生「やるよー」ってやっちゃうのだ。 下落合焼き鳥ムービーとゆうムチャクチャな映画を呑み屋で朝の4時に思いつき。作った。撮影もムチャクチャでオートバイのマフラーで柄本明氏の顔が真っ黒になるとゆうシーンで火薬が仕掛けてあって顔がすすける役なのだが火薬の量を間違え本当にすすけたとか。 有名な話だと世に出る前のタモリを気に入ったので当時17万円のマンションに住まわせ自分は仕事部屋のロッカーの上で寝てたりとか。 映画監督の若松孝二氏がどうしても金が300万円必要だった時に赤塚大先生に「理由はとにかく聞かないでほしい300万貸してくれ」と。そしたら雨の降る晩、若松監督を新宿中探しまわり300万円持って行ったんですと。
 赤塚大先生この対談中何人かは病院で行っております。アル中の治療で体の中を洗浄するのです。が、入院中も呑みながら対談しておりました。この対談は2000年に行われ2001年9月に発売されました。
 そして2002年4月に脳内出血を起こし倒れる。 2004年から意識不明のまま植物状態にあるという 
2006年眞知子夫人逝去。   2007年現在は病院にて療養中なのだそうです。

とにかく赤塚不二夫はバカでカッコいい大天才なのだ!!


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2007年9月 4日 (火)

迷走王ボーダーの巻

【迷走王ボーダー】世はバブル期の真っ只中1986年より週刊アクションで連載された(狩撫麻礼・原作、たなか亜希夫・画)漫画です。無為こそ過激と言い放ちいっさいの生産活動は悪だと豪語する男(蜂須賀)が中近東の旅で知り合った正体不明の男(久保田)の住む奇跡のオンボロアパート月光荘に居着く。同じく月光荘に住む東大農学部を目指している(木村)を巻き込み様々なドタバタ事件を起こす。バブルで浮き足立った世間に蜂須賀の魂は歯ぎしりし、やたらに爆発する。世の中はシステム化されその中で人間はいやらしくうごめいてるだけなのではないかと。蜂須賀の生き方はどうしょうもなく無茶苦茶で破綻しているのだがバブル期に見失った人間が感じるべき本来の感動に近づこうと暴れ回るのだ。 この漫画はわたしの魂に火をつけた。当時感じていたどうしょうもない違和感をこの漫画は代弁してくれてるようでカタルシスを感じたのだ。 シンプルでいて複雑、人間回帰をめざす漫画なのです。第10巻でボブ、マーリィを聴いたときの衝撃を蜂須賀は話す。“さぁおまえもおまえの魂を誰かに伝えろ”奴はそう叫んでる気がした……と。 今また、いやデタラメで糞な今の世の中だからこそ大勢の人に読んでもらいたい漫画なのです。

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