PEACE BED アメリカVSジョン・レノン
ビートルズでポップスターの頂点を極めたジョンレノンは自身の成長とともに平和運動に身を投じる。前衛芸術家のオノ・ヨーコとの結婚。新婚旅行先のアムステルダムのヒルトンホテルでPEACE BED と称する平和のメッセージをこめたパフォーマンスを行う。泥沼化するベトナム戦争に反対しての反戦運動やしだいに知り合った急進的な活動家との交流でアメリカ政府からジョンレノンは危険視される。
1971年12月10日ミシガン州アナーバー。投獄されている活動家で詩人のジョン・シンクレアを救うためのジョン・シンクレア支援コンサートにゲスト出演する。全米に生中継されたこのコンサートの影響でその後ジョン・シンクレアは釈放される。ニクソンはジョンレノンの世論に対する絶大な影響力に脅威を感じ、FBIの監視や盗聴が始まる。そして国外追放にまで発展する。
アムステルダムでの<ベッドイン>は、おふざけ好きのジョンの冗談だったのではないか。くだらねぇなぷぷぷなんて本人も思いつつマスコミを部屋へ呼びディスカッションをし独自の平和観を語り、とにかく興味をもたせるとゆう事を含めたメッセージだったのではないか。映画の中でジョンは「考えた末これしかなかった」と言っている。そして(平和を我らに)の大合唱で一体になる。
その後どんどん反戦運動にのめり込み急進派の活動家に利用されてる感じでもあったりするのだが本人の信念は変わらず権力に正面から対峙しひるむ事なく戦うのだ。
ジョンは大スターでありながら危険の中へ自ずから足を進める。
きっと対極にいるであろう小利口なミックジャガーはこんなバカな事はしない。映画の中で「長髪で金持ちの単なる不良を権力は狙わない」とミックジャガーを称して言ってたりするがなんと言われようが権力に歯向かうほうがバカだ。恐ろしい。
実際ニクソンは「ショービジネス界から政治集会に参加する者があればその人物は個人的に大きな犠牲を払う事になる。身の危険もありうる」と言っている。
だがしかし
バカにならなきゃならないのではないか。
今こそ我々に必要なのはジョンレノンの精神だ。
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