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2018年12月20日 (木)

2018・年末

12枚目のカレンダーの数字が気が付くと半分まで来てた。
日の長さは人の精神にかなりの影響をあたえるそうだ。
子供の頃、日が短くなる秋には極端に憂鬱になり、日が伸び始める春にはソワソワした。
いつの間にかそんなセンシティヴな気分がなくなった。
ただ眺めてる感じだ。
2月に母が死んだ。
医者は延命処置を進めたが兄妹弟で相談して延命処置はしないことにした。
父が癌を患い危篤になったとき母は延命処置を承諾した。
管だらけで父はベットに括りつけられた。
死ぬ間際の言葉は「秋刀魚が食いたい」だった。
哀れだった。
母は70代後半で自分で老人ホームに入居した。
たまに会いに行った。脈略のない話を聞くのが辛かった。
そして私が帰る姿が老人ホームの広い敷地の出口にたどりつくまでずっと手を振っていた。母が倒れた後、私より更にただ眺めるだけの目をしたお医者さんが延命処置をしますかと聞いてきた。「あなたの母親だったらどうしますか?」とは聞き返さなかった。

10月デリシャスウィートスの見世物小屋でお世話になってる大寅興行の親方・初太郎兄さんが死んだ。お酒が好きでとてもやさしい人だった。
小屋の中で私が一人でぼんやりしていると必ず声をかけてくれた。
私みたいなクズにも細やかに気遣いをしてくれた。
カッコイイ人だった。やさしい人だった。

9月渚ようこさんが死んだ。
秋の雨がしばらく続いたはざまの晴れた日に現世から身罷った。次の日からまた憂鬱な雨がしばらく続いた。今となってみれば晩年5年のお付き合いだった。
バンドを始める前に汀で会った。
パティスミスみたいなのをやりたいって言ってた。
まったく自信がなかったのだけれどもパティスミスなら出来るかもと不遜にも思ったりした。
しかし具体的に曲をもらったら演歌が多かった。
どう弾いていいのかわからなかった。

三年前の2015年・八月
寿町フリーコンサートの
渚ようこ Feat 山崎春美 躍り子・デリシャスウィートス 演奏・女横町痺れ腰
共演・渋さ知らずオーケストラ。
が終わった後のようこさんは楽しそうだった。
ライブが凄かった。お客さんの顔つきが渚ようこの唄で変わった。
全身全霊の唄が炸裂した。

もっとこんなライブがしたいと思った。

そこじゃない次の場所へ
破壊と構築
私では明らかに力不足でもやれるだけはやろうと思った。

年をとり通り過ぎる時間を眺めてるだけと思っていたのに
心の奥が小さい子供のように「死んじゃ嫌だ!」とボロボロ泣いた。


2018年9月28日
全身全霊歌手 渚ようこ
が死んだ。

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